妻はヤクルトレディを10年やっています。この記事では妻が10年続けてきた経緯と私(旦那)が感じたことを書いていこうと思います。
これからヤクルトレディを始めようと考えている方はもちろん、今ヤクルトレディをやっている人に向けて書いていますので参考になったら幸いです。

妻がヤクルトレディになったきっかけ
10年前、長女が生まれて半年ほど経ったある日、妻から「ヤクルトレディをやろうと思うんだけど」と相談を受けました。子育てで家に籠りっきりの妻が、そう言った時の事を鮮明に覚えています。
元々妻はアクティブで明るい気質でしたが、子供ができる前は事務員をやっていていました。私はどう考えても事務員ではないだろうという印象でした。
それに加えて、私自身も仕事が忙しく帰りが夜12時を越えることがほとんどでしたので、妻にとっての1人目の子育ては孤独との戦いでもあったと思います。

初めてのおむつ替えや授乳、なんで子供が泣いているのかも分からないストレス、熱を出した時の心配の大きさなど、妻に襲い掛かるいくつもの重圧があったと思います。
私はそんな妻の苦労や重圧を理解してあげることができていませんでした。なので、妻が決めたことには極力口出しをせずに最優先する事を決めていました。
そういった理由もあり、ヤクルトレディをやることに賛同したことを覚えています。
また、妻が始めたいという理由の1つにヤクルトレディは託児所があるという点でした。
どうしても初めての子育ては子供優先になってしまうので、万が一、子供が熱を出した時はセンターの託児所で子供を引き取りいつでも帰れるというのはとても重要な要素だと思います。
正直、最初はこんなに長く続くとは思っていなかった
とはいえ、最初はこんなに10年以上続けられるという想像などできませんでした。
「子供が大きくなったら辞めるんだろうな」という感じでした。
というのは、ヤクルトレディは春夏秋冬、灼熱の夏でも、極寒の冬でも外周りとなります。私も営業をしていたので営業という仕事の大変さは分かっているつもりでした。
いくら明るい性格の妻でも、毎日センターでヤクルト商品を詰めて、毎日40件前後のお客さんを回り続ける大変さは想像できます。
お客さんが団地の場合は階段を5階まで持って上がったり、マンションのエレベーターが点検中で地獄、、、みたいな時もあるようです。
そんな妻がなぜ続いたのか、私なりに考えてみました。
どのセンターに配属するか
結論から言うと、ヤクルトレディはどのセンターに配属になるか。これはとても重要な要素です。妻が10年以上ヤクルトを続けられた理由の1つは『人に恵まれた』という点が50%以上を占めていると私は思います。
初めて入った当時、妻は30歳でした。入ったセンターの雰囲気がすごく良かった点です。
ベテランのヤクルトレディさんから娘のように可愛がられて、尚且つみなさんが子育てのベテランでもあったという点です。
初めての子育てでいろんな悩みが生まれる時期に、子育ての相談ができたことは、とても大きなことだと思います。
子供が熱が出てもセンター内の皆さんから「帰ってあげて」という声が出る。どれだけ安心できたことでしょう。
実際に当時、子供が熱が出て無理矢理託児所に預けて仕事に出てる自分に「何してんだろう」「子供の笑顔の為に仕事してるんじゃないの?」と自分に嫌気がさし、思わずセンターで涙が流れてしまう事があって、それを見て一緒に泣いてくれるセンターの人達に支えてもらったエピソードを妻から聞きました。
それに加えて、これは私の想像ですがヤクルトでの悩み以外にも、旦那との悩みなども話をしていた事でしょう。日頃の旦那へのストレスを受け止めてくれる方々がいたからこそ、おそらく我が家は今日まで来れております。
そんな方々の包容力、これに妻だけではなく、我が家が支えられていたという事です。
なので、ヤクルトレディになろうと考えている人がいたら、気軽にお仕事体験でいろんなセンターを回らせてもらってセンターを選んだ方がいいかと思います。
ヤクルトレディの大変さ
とは言え、何の仕事でもそうですが楽しいことや楽なことだけではありません。
ヤクルトレディは既存のお客さんにヤクルトを配達する以外に『お客様づくりキャンペーン』や『クリスマスキャンペーン』などの、新規のお客様を獲得する活動もやっています。
中には冷たい態度を取られたり、思うように話を聞いてもらえなかったりすることもあります。
それでも笑顔を絶やさずに、一人ひとりのお客さんと向き合い続ける妻の姿を見ていると、ヤクルトレディという仕事は想像以上に大変で、精神的にも強さが求められる仕事なのだと感じます。
収入について
ここからは補足ネタとして私が隠れて妻の手取り明細を見た時のものです。(正直驚きました)
手取りや月収、最高月収、その他引かれるもの等をご紹介しています。
手取りいくら?何が引かれる?
『ヤクルト』がつく商品が25%、その他お茶や昆布・化粧品などは20%となります。
扶養内でやるか、扶養外でやるかで大きく異なりますが、私の妻は扶養外でやっていて100万レディで月間23万円~27万円くらいです。そこからバイク代が引かれていました。
実際の給与明細を参考にどうぞ


引かれるのはバイク代のみです。あまり知られてないですがヤクルトは商品の種類が案外多いです。
乳製品、飲料、食品、化粧品があります。商品購入の社員割もあり、たまに『化粧品特別マージン』や『奨励金』があるようです。
正直私はヤクルトレディにしては稼ぎすぎでは?と思いました。
100万レディとは
補足ですが、ヤクルトレディ内には『100万レディ』という言葉があります。
100万レディとは月間販売額が100万円を超えることができたヤクルトレディの事です。
私の妻は100万レディでした。多い時は年間7回以上100万円を達成することができていました。
最高月収


この明細を見たときは正直驚きでした。私よりもらってる、、、。通りでエステとか行っているワケですね。
ヤクルトレディを見てきて感じたこと
家族だから知っている苦労と努力
とはいえ、ここまでご紹介してきた100万レディになるまでの妻の苦労や努力を私は知っています。例えば、毎週配達する時に渡すお手紙を日曜日の夜、子供を寝かしたあとに1枚1枚手書きしている姿を私は見てきました。

「お客さんが喜んでくれるだろうか」と子供の少し笑えるようなエピソードや、最近の話題などを書いてました。かなりマメです。
また、ある時にはセンターに確認を取った上で『○○通信』のような広報誌を月に1回独自で作ってました。旦那としては「これヤクルトレディがやる仕事か?」というレベル感でした。
あとは自分が興味がある商品は必ず自分で試飲や試食、化粧品であれば使いこなしていました。ただ、自分が納得がいかない商品は絶対に売っていませんでした。※センターの一押しキャンペーンでもです。
私の妻は頭で考えて商品の説明をするタイプではなく『本当にいいものを本当にいいから感情で売る』タイプです。
なのでセンター内で「なんでそんなに売れるの?」と聞かれても答えられなかったといいます。
お客さんとの信頼関係に驚いた
こんな妻とお客さんの人間関係に何度も驚愕させられました。
家に帰ったら野菜の山が台所に積んであり「これどうしたの?」と聞いたらお客さんにもらったとか、庭のお花が増えていたので聞いたらこれももらったとか、週末に「タケノコ堀に行こう」と言われていったらお客さんの山だったとか。
売りに行っているのに「もらっている事」の方が多いのでは?という感じです。
仕事が家庭にもたらした変化
存在意義…子育てを始めたての孤独な妻が「〇〇ちゃんのママ」から、ヤクルトに入ってから「〇〇さん」と一人の女性として認識してもらえている喜びを感じていたことだと思います。
子供が自立した…小学生になって、子供が自分のことが自分でできるようになった事です。家にいると手取り足取り妻を頼ってしまいがちな子供たちに「自分のことは自分でやらなきゃ」と考えるキッカケになったと思います。
収入が大幅に上がった…シンプルに収入が大幅に上がった事です。私の妻は例外かもしれませんが、事務員時代にもらっていた収入を遥かに超えていました。好きなもの(買い物)や好きな事(エステや旅行)を妻にストレスなくやってもらうことが家庭にとっての一番重要な要素かもしれません。
ヤクルトレディを目指す人に伝えたいこと
もし、ヤクルトレディについて少しでも興味を持っているなら、一度気軽にやってみたらいいと思います。
事務員の仕事をやっていたとか、対人の仕事の少しでも興味があると思っていれば尚更です。
私の妻は誰がどう見てもコミュ力高い系(喜怒哀楽が激しく天真爛漫)に部類しますが、妻自身は自分のことを『極度の人見知り』と思い込んでいます。これだけの結果を出しているにも関わらず今でもです。
妻は過去、事務員時代にヤクルトレディさんが職場に売りに来ていて『この仕事だけは絶対にしたくない』と思っていたようです。
暑そうだし、雨の日も台風の日も大変そうだし。
でもやってみて気づいたら10年経っていて、世界大会にも行ったし、西日本大会にも行ったし、想像もできていなかった多くの経験ができたと言っていました。
すべて何かの経験に変わるのだとするならば、その後のことは初めて見て考えてみたらいいと思います。
合わなかったら辞めればいいし、難しかったら辞めればいい。
でもここまで読んていただいているという事は、少しでもヤクルトレディに興味を持っているという事だと思います。
そのあなた自身の『興味』に素直にしたがってみるのも何か想像だにしない出会いや感動があるかもしれません。
10年間頑張った妻へ、夫として思うこと
10年間頑張ってきた妻に私が思うことは、頑張ってきた妻にやりたいようにしてもらう環境を作りたいと思っている事です。妻が「とり天屋さんを作りたい」と思ったらやらせてあげられる。「旅行に行きたい」というならば連れていける。そんな理想を追い求める次の10年であったらいいなと思います。
ヤクルトレディを妻自身が選び、楽しいことも良かったことも、いろんなことで悩み、もがき、苦しんでいる姿も見てきたからこそ、今度は私が頑張る番なのかなと勝手に思っています。
そんな私のブログに少しでも興味を持っていただいた方がいましたら、SNSのフォローやシェアをお願いいたします。
